海上自衛隊が行った追悼式

韓国における国防計画の大幅修正について書いてきました。

そこで今回は、今年の5月30日に香川県琴平町で行われたある式典についての話題です。朝鮮戦争に関わるお話です。

まずはこちらを・・・(音が出ます。ご注意ください)


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先日、海上自衛隊のホームページにある通知が掲載されました。
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2009/05/19 掃海殉職者追悼式について


海上自衛隊は、次により、第58回掃海殉職者追悼式を実施します。

日 時 平成21年5月30日(土)11:00~12:00
場 所 香川県仲多度郡琴平町金刀比羅宮敷地内
執行者 呉地方総監 海将 杉本 正彦(すぎもと まさひこ)

主要出席者 ご遺族・発起市長等・部内指揮官等
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※海上自衛隊ホームページより。見易さを考慮して適度に改行していますが内容は変更していません。


 この掃海殉職者追悼式というのは、機雷掃海(機雷を海から掃除すること)の作業中に殉職された方々の慰霊祭なのです。

先の大戦において、日米双方は約6万発以上に及ぶ機雷を日本近海に敷設しました。

戦争が終わると機雷も役目を終えましたが、残された機雷は海上交通の妨げになったのでした。

そこで、海軍で機雷掃海を担当していた軍人さんたちを雇用して、海から機雷を掃除する作業が開始されたのです。

軍人さんたちの奮闘のお陰で、日本の海から機雷が掃除され、海上交通の安全が保たれるようになったのでした。

というのが大筋の話です。


 機雷掃海というと、朝鮮戦争で国連軍の航行の安全を図る目的で派遣された海上保安庁の特別掃海部隊が有名ですね。国連軍の上陸作戦などでは大きな貢献をされました。その際には中谷坂太郎さんが殉職されています。("戦死"は長らく公にされていませんでしたが、昭和54年に勲八等白色桐葉章が追贈されています。)

その後、海上自衛隊が発足しても機雷掃海という任務の重要性は変わることなく、皆さんがよくご存知のペルシャ湾での機雷掃海につながっていくのです。


 機雷というのは船舶にとっては大敵です。静かに潜んでいて見つけにくく、見つけたとしても処理するにも時間が掛かるそうです。

船にとって当たれば沈没、処理しても遅刻(時間に間に合わない)という厄介な兵器です。

大きな犠牲の上に海上交通の安全が保たれているという事実を再確認する、またとない機会なのかもしれません。

先の動画の続きです。音が出ますのでご注意ください。


その2

海をひらく←機雷掃海を仕事にする海の男たちの物語です。



その3

ペルシャ湾の軍艦旗←戦後初めての海外派遣で海の男たちが見たものとは・・・



その4

機雷掃海戦←機雷に挑んだ男たち


動画を投稿されたのは idealjapan 様です。ありがとうございました。

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